Ukulele Sight

はなこさんタイトル・バー
<第2章-前半10話>

第2章=1話=

ネックが折れた、伊万里ちゃんの話

メールで頂いた話です。

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 伊万里ちゃんは、6年生のときにギターを始めたそうですが、
「ギターはね、ウクレレを先に練習しないと、うまくならない。」
と、友達にだまされ?、半年ほど猛練習したそうです。

後にロックバンドをやろうとしたときに、
ベース担当の友達が、ウクレレもベースも弦は4本だからいっしょだと思ったのでしょう。
「ベース買うまでは、ウクレレで練習する。」といって、
ベースの弦を、そのウクレレに張ってみたのですが、張力がケタ違いで、
結局、ネックをぽっきり折ってしまったのでした。
 ウクレレにベース弦を張ってもベースにはなりません!
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 伊万里ちゃんは、その後、社会人になって会社の後輩とウクレレ・ブームが続いた様ですが、
 やはり、ギターの人のようで、また時々は、ウクレレでも遊んでくれたら良いなあと思います。

関連記事:

ウクレレ楽器「ウクレレ・ベース?

(1997 / 05 /11 付記)


第2章=2話=

弾け飛ぶ!スーさんのウクレレ

 以前、撮影用の小道具で「黄色いウクレレ」 を使いました。¥1980円のウクレレに着色したのです。もちろん音は、悲しいかな、おもちゃです。そして、今度は、

「白いウクレレ」

が必要になり、この際ですから、噂の「ウクレレ・キット」で作ってみようと思いました。3日間しか製作日程がなかったのですが、なかなかの出来映えで、音も結構良いのです。撮影も無事に終わり、得意げに弾いている僕を見て、スタッフの「スーさん」が自分も作ってみたいと言い出しました。彼は、楽器を弾く気もないし、ウクレレに興味もないのですが、木、皮、竹、金属まで、手作りに掛けては名人?です。料理は本職裸足。
 数日後、出来上がったら見せてくれるという約束どおり、ウクレレを持って訪ねてくれました。「チューニング教えてくれる?」というので、向き合って、音合わせし、ついでに、「いとしのエリー」を練習しました。なんとか曲らしく聞けるようになってきた頃、

「バーーーン」

という爆音?と共に「スーさん」のウクレレの「ブリッジ」が弾け飛んでしまいました。

 スーさんは、製作時に大きな誤りを犯していました。ボディーのペイントをしてからブリッジを取り付けたのです。これでは、やはり剥がれてしまいます。彼に言わせると、仕上げの美しさを求めたのと、キットでは、ブリッジがビス止めになっていたので、大丈夫だと思ったそうです。でもこのビスは、あくまで気休め程度で、実は、僕はこのビスを使ってはいないのです。
 結局、塗装を剥がして、ブリッジを付け直し、無事完成。いまは、彼の3才の娘「まいちゃん」の遊び相手にされているもよう。

(1997 / 05 /25 付記)


第2章=3話=

ウクレレで「リハビリ」

 知り合いに、Aさんを紹介して頂いた。Aさんは、初老のロマンス・グレイで、なかなか渋いハンサムで、お洒落な人でした。
 「以前、弾いていたウクレレが懐かしくなって最近、また始めたんです。」ということでしたが、よく聞いてみると、先年、脳溢血で倒れ、退院は出来たのですが、機能障害が残り、医師からは、「定期検診とリハビリに通 院するように」という指示が出たそうです。しばらくは病院に通ったそうなのですが、 「リハビリ」は、ものすごく痛いのだそうです。そのうち検診にしか行かなくなってしまいました。

医者に、よく叱られました。 ハハハッ」
 しかし、 数カ月もすると,だんだん、手足が元のように動くようになってきたのです。リハビリ治療を受けていないのに何故、機能障害がなくなってゆくのか、これには,Aさん自身より、担当医の方が驚いたそうです。はじめのうちは、医師も首を傾げていましが、そのうち,医師は、困惑したような顔で、
「Aさん、家で何かしてるんですか?」

と聞いたそうです。Aさんは、 定年退職後の身分故、時間はたっぷりありましたので、若い頃、よく弾いたウクレレを想い出し、暇つぶしに始めたそうです。若い担当医にその話をすると、

 それはスゴイ!,Aさんは、もう、病院のリハビリを受けなくてもいいですから、ウクレレだけを弾いていて下さい。その代わり、これから先も定期通 院と経過報告だけは絶対に続けて下さい。

私の研究課題にします!

 Aさんは、先生のモルモットにされましたよ。と、笑っていましたが、今では、スキー旅行に行けるぐらい回復しているそうです。

 ボケ防止に指先の運動がいいとは、聞いたことがありますが、リハビリテイションになるとは・・・・・・・・。

まさに「ウクレレ」恐るべし!。

(1997 / 09 /09 付記 )


第2章=4話=

ウクレレ犠牲者、三連発。

ここにあげる記録は、
   ウクレレに捧げられた、罪なき、生け贄たちの記録です。

これからも増え続けるであろう、犠牲者に対し、
今は、ただ、 合掌 するのみ。

(1997 / 09 /09 付記 )


第2章=5話=

ブラジル製 「バリトン・ウクレレ」

 過日、僕の、写真、そして、人生においての大恩ある師匠から、大変な物を頂いてしまいました
 それは、ブラジル製の「バリトン・ウクレレ」です。

   師匠は、若い頃には、ウクレレの腕前も相当なものだったそうなのですが、久しく弾いておられなかったようで、御自宅でもウクレレは見かけたことがありませんでした。ところが、最近のちょっとしたウクレレのブームによって、ご本人の意向とは別 に、ウクレレに触れる機会があり、今では、カマカ社の総力を挙げた結晶とも言うべき最高級工芸品(本来非売品)やウクレレファン垂涎の年代物。さらには、オールド・マーチンなどのウクレレ・コレクションが増えるばかりか、時には、白石信さん率いる「ナレオ」をバックバンドにお願いし、自作の曲を歌ったりしている。

 さて、このバリトンは、師匠が仕事で1976年11/6に「セント・トーマス」へ行った際に、見つけて、持ち帰ってきた「ブラジル製ウクレレ」という代物。

「Giannini」made in Brazil MERSON MUSICAL PRODUCTS
と書かれています。

 頂いたときの状態は、やや汚れていて、第3弦の第2フレットがビビッていました。プラスチック製ペグも全て根本にひびが入っており、ネジを締めても辛うじて弦がゆるまない程度でした。全体の作りは、専門家に言わせれば、ネックのヘッドに近い部分が太すぎるとか、接着材がはみ出しているなど、細かい事をいわなければ、まあまあというところなのでしょう。  しかし、僕にとっては、大変なものです。裏表マホガニー材のオール単板1枚板、地球の裏側のブラジルで生まれ、海を渡って、僕の敬愛する師匠が抱えてきたウクレレです。個人的にはもはやこれ以上の物はありません。

   持ち帰った日。はやる気持ちを抑えながら入浴を済ませ、いそいそと「ポリッシュ」で丹念に磨き上げた後、本格的に弾いてみました。バリトンなど弾いたことがなかったので何ともいえませんが、ギターのように甘い音色で、音量 もずいぶん有ります。バリトンの使い方としては、概ね、コード伴奏用でソロを弾くことは少ないので、音のビビリもあまり気になりません。とても満足し、陶酔していました。

でも、弾いているうちに、何か変な音がしているのです。
 どうしても気になって、ボディーを振ってみました。するとガサガサ音がします。きっと中にゴミでも溜まっているのだなあと思い、新聞紙を広げ、弦を弛めて、逆さまに揺すってみました。

「うおーっ!」

夜中の2時に、思わず大声で叫び、飛び上がってしまいました。

中から出てきたのは、な、な、なんと干からびたゴキブリです。
背中から、滝のような汗と共に、悪寒が稲妻のように走りました。

 遠目に、別の新聞紙を上から被せ、ご丁寧にも新聞紙を丸めて作った2本の棒で全体を折り畳み、さらに、何重にも、新聞紙で包み重ねたうえ、伸ばしたセロテープの先に張り付け、反対側の先端を指先で摘み、表のゴミ集荷所へ捨てに行きました。
 帰ってから直ぐに、家庭を細菌から守る薬用殺菌洗剤「ミューズ」で入念に手を洗ったことは言うまでなく、熱めのお湯で、再度全身を洗い直しました。

後日、師匠に話したところ、大笑いされてしました。

 約2ヶ月かかったリペアが終わり、手元に帰ってきてみると、まるで見違えるのように美しく、最高の音色を出しています。これには、師匠も驚いて、思いがけずも、1曲弾いてくださいました。

(1997 / 12 /11 付記)


第2章=6話=

ウクレレ行脚(あんぎゃ)の話

 「うちの店に変なのが、来たよ!」
ご自身も、だいぶ変人?の
 「ハナムラ楽器」(UKULELE SHOP 参照)の花村さんから聞いた話です。

 以前、花村さんの店で 「ジョウ・レレ」(おもしろウクレレ参照)を買っていった若い人が、そのウクレレを持って、しばらくの間「放浪の旅」に出ていたのたそうです。

 彼は、昔から放浪癖があるようで、出たり入ったりしているようなのですが、「今回は、とても良い旅が出来た」と、初めて報告に来たそうです。以前はギターを持って行ってたのですが、田舎へ行っても、街角で弾いても、誰も聞いてくれず、興味すら持って貰えなかったらしいのです。

 ところが花村さんの作った「ジョウ・レレ」との旅は全然違っていました。誰もが、いままで見たこともない楽器「ジョウ・レレ」に関心を持ってくれて、お金や食事、家に泊めてくれる人まで現れるありさま。自分の演奏で人に喜ばれることが、彼にとっては、大変な幸せを実感したそうです。

 「今度は、 空き箱で三味線を作ってくれと言ってきたよ。ニューヨークヘ行くらしい。」

変わり者の花村さんも、面倒臭さそうに、
でも、とても嬉しそうに話してくれました。

*なかなかの強者が日本にもいるもんだな。と感心しました。

(1997 / 09 /20 付記)


第2章=7話=

純金のピック

僕は見た。

 あるアマチュアの演奏会で、スチールギターを弾いていた方にお話を伺う機会がありました。「全然、巧くならないよ」と言いながらも、とても楽しそうに演奏なさいます。本業が歯科医でいらっしゃるので、元々手先が起用なのか、ウクレレやスチールギターの制作までされているようで、出来映えも素晴らしい物でした。

そこで、ひとつ気になったことがありました。スチールギター用の指にはめるタイプのピックが金色なのです。今まで見たことがなかったので特注ですかと、聞いてみました。

彼は純金です。と答えて
僕の手のひらに乗せてくれました。

「僕はねえ、歯医者だから。 治療に来た患者さんの、要らなくなった 金歯50人分 を集めて,知り合いに作ってもらったんだ。」

・・・・・ \(*_*); / ・・・・

 この手のひらに、50人分の金歯が乗っている様子を想像してしまい、 丁寧にご返却申し上げました。

 以来、その方の演奏は、金属のピックではなく、指に入れ歯をはめて、 弦を弾いているように、聞こえるようになってしまいました。

後で聞いたのですが、
自作ウクレレの、ネックに付けてある、文字を彫り込んだプレートも,金歯から採取した金で出来ているそうです。

金歯として生まれ、
歯ぎしりぐらいしか出せなかったが、
たくさんの人たちの口の中で、
いろいろな味を噛みしめてきた末、ピックとして蘇生し、
今や、過去の修行を見事に活かし切り、
芳醇で滋味あふれる音色を生み出している。

===とても、素人には、真似が出来ません。===
(ひょっとして、あなたの金歯だったかも?)

(1997 / 12 /22 付記 )


第2章=8話=

ウクレレ・ゲリラ・ライブ 新宿(98/03/29)

 今日は、いい天気であった。
子供の頃から、日曜日の恒例であるTV番組「新婚さん、いらっしゃい!」をぼんやり見ながら、コーヒーをすすっていた。梓ミチヨ、ジョン・シェパード、片平なぎさ、などなど、今は山瀬まみ、アシスタント代われど、桂三枝の、相変わらずの大衆番組である。

 低俗な面もややあるが、真摯に生きていこうとする新婚カップルに、時として忘れかけていた事を思い出させてくれたり、思わぬ 昨今の時代背景を知らされたり、時には「ばかやろ〜っ」と怒ったり。予定のない日曜日の決まり事であった。

 只、今日は、これから大切な予定がある。番組後半のゲームを見ることも出来ずに、そそくさと駅に向かった。

 目指す場所は、新宿の歩行者天国「丸井デパート」前。

 居た、居た、居ました、発見しました。ウクレレ持った、なにやら怪しげな集団。織田島氏が声をかけたゲリラ集団たちだ。
 「Ukulele On Fire」の池田さんや、「=ウクレレ天国=」の堺寛さんなど30人近い若い男女が、路肩に座り込んで各自練習している。 恐れながらも、織田島さんにご挨拶して、彼から本日の出し物曲の譜面を頂いた。「TWIST & SHOUT」,「SESAME STREET」の2曲。歌詞にコード、ウクレレのコードフォーム表まで付いている。良くできている。スゴイ。僕もここで少々練習。(ゲリラの仲間入り)

 さていよいよ、リーダーの合図の下、ぶっつけ本番。2曲を交互に演奏合唱するのだが、最初のうちはやはり声が出ない。ちょっと恥ずかしい 。歌詞を覚えていない事もあるが、弾くことに集中。そのうちだんだん楽しくなってくる。周りの人たちの反応が見えてくる。初老のカップルの「昔は俺もやってたぞ」といわんばかりの嬉しそうな顔、少女のびっくりしたような不思議そうな顔、高価な一眼レフ、オートフォーカス・カメラを持った休日カメラマン。4本弦を見て「マンドリン」と叫んだ外人集団。喫茶店などでの街行く人たちを見る「人間ウオッチング」とはまるで違った見え方だ。今日はむしろ見られている、見ていて楽しい。見られていて楽しい、みんなで弾くことはもっと楽しい。

 ゲリラのみんなもだんだん声が出てきた、叫んでいる。人が振り返る、人が立ち止まる。どうだこれこそ、「ウクレレ・ゲリラ・ライブ」。声をかけて下さった織田島さんに感謝。またやろうね!その時は、これを読んでくれた人も「マイ・ウクレレ」持参で是非参加して下さい。

参加者の記録がないので、「参加した」という人、 あるいは、「当日見たぞ」という方、
是非メール下さい。お待ちしてます。

(1998 / 03/30 付記)


第2章=9話=

猫ウクレレ

 雑誌のハワイ特集を読んでいたら、恐ろしい記事を発見しました。

 ウクレレは以前、猫の腸から作られた弦が使われていたことがあったそうです。

ウクレレ楽器「材料<>」参照

その名も
==キャット・ガット==

 もともと、原型となった「ブラギーニャ」などは今でも金属弦ですが、ウクレレは、ギターやテニスラケットのように「ガット」が使われてきたようです。ガット=腸線は、羊や牛の腸から作られた物で、あまり丈夫とはいえませんでした。
 ウクレレのガット弦なども、あのハワイアンの大家、故「灰田有紀彦」氏の「ワンステージに3回は弦が切れた」や「戦後強くなったものは、靴下とウクレレの弦」という話を日本ウクレレ協会の小林正巳氏に伺ったことがあります。三味線の弦を張った人もいたそうですが、こちらは、弦が強すぎてウクレレには良くなかったようです。 このページに、メールを頂いた 伊万里ちゃんは、ベース用金属弦を張ってネックを折ってしまたようです。

愛猫家には申し訳ありませんが、
この雑誌記事には、
「キャット・ガットは、柔らかくて暖かい感じのいい音が出る。」
と結ばれていました。

 ウクレレを始めたばかりの、猫好きで、いつも優しいオカマちゃんのスタイリスト「ナベちゃん」に話したら、

「ぽろろ〜ん」「にゃらら〜ん」 と鳴るのかしら?と真顔で心配していたら、
そばにいた、浪速っ子の本元さんは、一言、「そんな、あほな事おまっかいな!」

====================

ともかく、
 アメリカや特にハワイに行く機会のある方は、古い楽器や、骨董屋、フリーマーケットなどで注意していれば、ひょっとして見つけられるかもしれません。もし、発見したら、あるいは、今でもお使いになっている貴方!、是非ご連絡ください。お待ちしています。

(1998 / 04/08 付記 )

猫の腸から作られたという話は、フランスあたりではテニスラケットのガットに使われていたという話もあり、実は真意のほどがわかりません。あくまで噂の域を出ません。日本人は猫の皮を三味線に張ってきましたから、以外と抵抗なく感じる場合もあります。以前「マクドナルドの肉は猫の肉で店の裏には猫の皮が山積みされている」と中傷されました。高校時代のアルバイト経験から猫の皮はありませんでした。マクドナルドは別 としても猫の腸から弦を作ったという記録も作らなかったという記録も未だはっきりしたものがありませんが「CAT GUT」 という言葉は現在でも楽器用ガット弦や手術用の縫合糸として使われています。語源については諸説あり、いずれも原料をさしているものは見当たりません。どうやら、猫の腸から弦を作ったという話は勘違いのような気がしています。
どなたかご存じの方は、是非ご連絡お願いいたします。

(2001/9/30 付記***本日、高橋尚子選手はベルリン・マラソンで世界新記録を打ち立てました。)


第2章=10話=

「絶対音感」(ABSOLUTE PITCH)

キャッチ・コピー
「それは、天才音楽家へのパスポートなのか!?」
というノンフィクションを読みました。

なにやら、ちょっと恐ろしい感じのする「絶対」という言葉の入ったのタイトルで、思わず手に取ってみたのです。

この著者が定義する絶対音感とは、

  1. 他の音と比べなくても、音名(固定ド)が瞬間的にわかる。
  2. 調性がはっきりしない曲や、頻繁に転調する曲も聴きとれる。
  3. 耳から聞いただけの曲を、弾いたり楽譜に書くことが出来る。
  4. 音として覚えるので、暗譜が正確にでき、長持ちする。
  5. 音楽のルールやセンスを早く身につけられる。
  6. 音楽に関すること全般が、たやすくできるようになる。

 絶対音感を持った人は、音楽はもとより、小鳥のさえずり、救急車のサイレンでさえ「ド・レ・ミなどの音名(固定ド)」で聞こえるらしいのです。しかも、和音でさえも、構成音が聞き分けられる。
なにやら魔法のような感覚ですが、

「この感覚は、ほとんどの人が身につく」とあります。

<<<自分にも欲しい!>>>

と思った貴方。残念ながらもう手遅れ?です。
「この感覚は、ほとんどの人が身につく」とありますが、
「この感覚は、6歳半頃までに絶対音感練習を修了していなければ、中途半端に終わる。」 とされています。

では、たちに
と聞かれると、そうではありませんご安心を。著名なミュージシャンでも絶対音感を持たない方は少なくありません。

この本の結論に勇気を得て、気を取り直して下さい。

「音楽能力を決める重要な点は、どれだけ相対的に音楽を把握できるかという事で、基礎技術としての価値はあったとしても、音楽能力の本質が絶対音感に支えられているのではない。」

 ちょっとだけ救われる思いです。では、どうすればいいのでしょう。
「絶対音感」に対して、
基準音をもとに、相対的に音名を判断する「相対音感」があります。
 プロの音楽家たちは、絶対音感が無くても、聴感覚が非常に優れているため、自分の楽器なら基準音が無くても解るという

「職業的勘」、「ダイタイ音感」
のようなものを持っているようです。ただ、その記憶は、楽器の練習を中断すれば衰退してしまうそうです。
 アメリカでは、小学生でも英会話はペラペラですが、中学から勉強を始めた日本人など、日頃使わないせいか、なかなかものになりません。バイリン・ギャルでも使ってないと忘れます。RとLの発音などは、ある意味で絶対音感的な要素があるのではないでしょうか。

 これほどコンピュータが発達した今日でも、作曲はおろか、操作する人の感性が無くしては、音楽は表現出来ません。演奏のアンサンブルなどは、(人間の)アイコンタクトや、相手や自分の音のずれを聴き分けて補正するといった、コンピュータでは到底不可能な判断力が必要とされます。そういった意味でも相対的に音楽を判断するということなのでしょう。(絶対音感が万能ということではなく、絶対音感のある人でも相対音感は必要。)

まあ、プロの方は別として、結局、「続けて弾け!」ということですね。
音楽の素人としては、楽しむ業を磨きたいものです。

 面白いことに、毎日少しでも、ウクレレを弾いていると、漠然とですが、気温・湿度による音色の違いや、弾いている最中にもチューニングが狂ったことが分かるようになってきます。最初は出来なかったピッチ・パイプでの音合わせも出来るようになりました。続けることで 聴感覚がすこしは良くなってきているのかもしれません。

自分に出来ることが、
ひとつでも増えると嬉しいものです。
ウクレレさん、ありがとう。 (^_^)/~~

参考書籍:

「絶対音感」最相葉月(さいしょうはづき)小学館  
日本の絶対音感教育の歴史や音楽家たち、絶対音感に対するエピソードなどが興味深く書かれています。
関心を持たれた方はご一読をお薦めします。

(1998 / 04/08 付記 )


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